鹿児島は小原まつりと西郷どん参り

 福岡のお仕事を終えて、鹿児島に向かいました。
 
 以前から、ご主人のお仕事の都合で、鹿児島に赴任していた友人から、
 おいで~、おいで~、と言われていたからです。
 ちょうど、テレビの「西郷どん」もいよいよ大詰め。
 それに、時折しもちょうどこの日まで、鹿児島では最大の「おはら祭り」とのことで、
 お言葉に甘えてお伺いしました。

 友人は久しぶりの再会に、鹿児島中央駅まで迎えにきてくれていました。
 ありがとうね~。

 ☆  ☆  ☆

 おはら祭りは、
 「♪花は霧島 煙草は国分 燃えて上がるは オハラハー 桜島♪♪」という
 あの「おはら節」の踊りを
 天文館通り1.5kmにわたって繰り広げる「総踊り」のパレードが見事でした。

 NHKの「西郷どん」の隆盛役の鈴木亮平さんや大久保利通役瑛太さんも
 パレードに出ていたとか。
 照國表参道の商店街で、焼酎屋さんやおまんじゅう屋さんを覗いていた我々は、
 あいにく見逃してしまいました。(^^ゞ
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 照國通りの焼酎ストリートでは、ワンコイン(500円)焼酎5杯の催しで、
 みんな座り込んで意気軒昂。
 いや、えらい賑わいです。
 森伊蔵などは、瞬速でなくなったみたいです。
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 西郷どんがウナギをとっていた甲突川。
 西郷どんと糸さんがすれ違っていたりした二つ家の橋の上から、
 向こうに見えているのが噴煙を上げている桜島です。
 川沿いに旗がならんでいるのは、維新ふるさと館です。
 明治維新150年ということで、明治維新にまつわるイベントが開催されています。
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 下は、西南戦争で私学生ら薩摩軍300人とともに西郷どんが立てこもった城山の洞窟跡です。
 西南戦争は1877年の明治10年2月からここ城山で果てる9月まで、
 7ヶ月間も闘っていたのですね。

 自分は3月の熊本の田原坂が最後なのかと勘違いしていましたが、
 薩摩軍はその後、4月から9月まで敗走していたことを、初めて知りました。
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 洞窟から300mのところで、
 自分が創設した政府軍(陸軍)の銃弾を受けて、
「晋どん、もうここらでよか」と、西郷が自刃した場所に建つ
 「南州翁終焉之地」の慰霊碑です。

 伝え聞いた勝海舟が詠んだという歌が、胸を突きます。
 「ぬれぎぬを干そうともせず子供らが
   なすがままに果てし君かな」
         
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 南州神社と南州公園にある南州墓地、西南戦争の2023名の戦死者の墓地です。
 南州神社の壁には、西南の役遺族会制作という薩軍戦死者6765名の名前を刻した銅板が掲げられていました。
 内戦の痛ましい記録です。
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 友人のご主人様の車で
 西郷どん巡りと鹿児島旨い物巡りを案内していただきながらの
 市中引き回しの刑は、
 とても楽しく美味しく堪能しました。
 
 ありがとうございました!










 


by expresstax | 2018-11-03 23:49 | 折りにふれて